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今月読んだ本-2010.05

星野仁彦発達障害に気づかない人たち》(2010年,祥伝社新書)

直属の上司より「まぁアナタ,これを読みなさい」と薦められた一冊。読んでみると確かに私自身に当てはまる傾向がいくつもあり,読んで納得できるところが多かった。そういえば,病院で受けたWAIS-iiiという知能検査でも「言語性は高いレベルだが,動作性は極めて低い」という結果だった。


この本によると,私がいま働いているいわゆる「対人援助職」は,発達障害の人には向いていない職業ということだ(さらに言えば管理職も不向きだそうだ)。確かに自分でも「向いていない」との自覚はある。しかし,今では以前のようにかかってくる電話に極端にびくついたり,相手に接するのが怖いといった気持ちも少なくなった。それはやはり職場の周りの人々の理解や医師のアドバイスに私が支えられていることが大きいだろう。
発達障害が注目されだしたのは,つい最近のことだと思う。読みながら,「自分がもっと早く気づいていたならなぁ!」と思ったが,いまそのことに気づくのも決して遅くはないとも思った。


また,本書を読んでさらに最近思うのは,無理に「普通のがんばり方」に合わせるのではなく,自分の欠点や限界(というとかなり語弊があるかもしれないが)を知ったうえで,自分自身の「がんばり方」を見つけていったほうがはるかに楽というか,負担が少ないのではないか,ということだ。

上野英信《追われゆく坑夫たち》(1960年,岩波新書

上野英信さんの名は早くから知っていたが,本を読むのは初めてだった。
読んで衝撃を受けた。50年前の中小炭鉱の実態に迫ったルポルタージュだが,50年前といってもすでに「戦後民主主義」の世の中であり,高度成長の前夜の時期である。60年安保闘争と三井・三池の労働者のたたかいが進行していた時期である。その一方で,中小炭鉱に働く人たちは戦前と全く変わらぬ貧困と無権利状態に置かれていたとは。


読んでいて,重く辛い本であった。本書に登場する人々は,その後の社会の流れの中でどうなったのだろう?どこへ向かったのだろう。筑豊は言うまでもなく,私が住む小倉の街からそう遠くない遠賀や水巻,香月や木屋瀬にも本書で記されているような光景があったとは。知らないということは恥ずかしいことだと思う。
現在の派遣労働者に,かつての中小炭鉱労働者に課せられた「肩入金」のような悪辣な鎖はないのかもしれない。しかし非正規労働者がなかなか貧困から抜け出せないという点は変わらないのではないか。本書の中の彼/女らと,いまの私たちとを貫いているものが何なのか。。。そんなことを考える。


少し前に「蟹工船」ブームがあった。私は中2の時に読んで感銘を受けた記憶はあるが,ブームの時には再読しようと思わなかった。「蟹工船」は確かに名作ではあるし,小林多喜二は執筆の際には綿密な取材を行なったと聞いているが,上野氏のこうしたルポルタージュももっと省みられてしかるべきではないかと思う。