彼は何がしたかったのか?

中山成彬国土交通相の一連の暴言と辞任劇を,報道で知って感じたのは「彼は大臣になって何がしたかったんだろう?」ということに尽きる。
と同時に,それは私たちが今まで何度も見聞きしてきた光景でもある。「日本は単一民族」,「日教組は戦後教育の癌」,「成田空港反対闘争はゴネ得」…いずれの発言も許せないが,同じことはこれまで別の保守政治家たちが,何度も口にしてきたことでもあった。


繰り返されてきたことであるから,今回の発言にはうんざりするが,それ以上に発言の衝撃性すら,弱くなってしまっているように感じるのは私だけだろうか?
確かに一連の発言は中山氏の持論なのだろう。しかし,その言葉には,人の共感を呼び覚ますような「ちから」をまったく感じない。なぜ,彼はこの時点でこのような発言をしたのか。そもそも語る必要のある発言だった*1のかすら,疑わしい。唐突さと脈絡のなさを感じる。
「俺は大臣になったんだ。偉いんだ。だからこの機会にいいたいことをぶちまけてしまえ」みたいな心根しか感じられなかった。まるで,「美しくない」オヤジが酒場でオダをあげる,その程度の心根だったんだろうか。これらの暴言を「大声大会」よろしくぶちまけたいがために,大臣になったのか。何のための大臣なのか。


未だに,こんな古い思考に依拠している政治家が大臣になっているようでは,自民党もますます終焉の日を早めるだけだろう…というよりは,自民党にはもうこんな政治家しか残っていない,と考えたほうがいいか?
暴言であることは疑いない。しかし,暴言であると同時にアナクロ,時代錯誤なのだ。同様のメンタリティをもつ政治家は,より若手にもいるだろうが,若手はこんな物の言い方はしないだろう。彼の思考は「保革対立」が実体をもっていた時代で止まってしまっている。よくぞ今まで,彼の「政治生命」が生き残ってこれたものだとまで思う。


今回,私にとって意外だったのは,堂本・千葉県知事が,中山氏の発言に抗議したことだった。千葉県知事なら成田空港反対闘争とは逆の立場だが,彼の見識のなさに抗議せずにはいられなかったのではないか。
もうひとつ言うなら,「大臣の立場」と「一政治家としての意見」とを分割するのは見苦しい。彼はそれでうまく逃げたつもりだったのだろうが,その「使い分け」こそが問題なのだということに,中山氏は気づかなかった。

*1:例えばの話,「日教組批判」を文科大臣がするというのなら,筋としてはまだ通るだろう。