五月病祭

福岡で開かれた《五月病祭》に参加した (主催:フリーターユニオンふくおか*1。以下 fuf ) 。作家の雨宮処凛さんをお迎えしてのトークとデモ行進である。私は雨宮さんの文章を、本年4月号の《論座》で初めて読んだばかりで、時をおかずして、ご本人のお話を聞けるとは!と心待ちにしていたのだった。
fuf の執行委員長である小野さんとの対談形式で進行したトークは〈生きづらさ〉をテーマとして進められた。面白いトークだったが、私じしん、いまの自分の状況を「まだましなほうだ」と漠然と思っているのが、なんの根拠もないことだというのを改めて「めくられる」思いでもあった。働くことそのものが貶められ、安く買い叩かれ、競争と分断がより加速する。私が働く職場も、やはりその前線なのだ。そんな思いが新たになった。

解放感にあふれたデモ行進

トークと質疑応答のあと、天神周辺へデモ行進*2にでた。
サウンドシステムを伴ったデモに初めて参加したが、これほど解放感にあふれたデモは初めてだった!沿道の若者からは呼応されたり、携帯電話のカメラをいたるところで向けられたりし、飛び入り参加も目立った。


シュプレヒコールも面白かった。「会社は残業代を払え」「交通費を払え」「フリーター/派遣社員をばかにするな」といったものや、「時給を5000円にしろ」「家賃をタダにしろ」「好きなだけ休ませろ」「上司をこきつかうぞ」「安倍晋三はコンビニでレジを打て」*3といったひねりの効いたものまで盛りだくさん。
サウンドシステムの喧騒とともに叫ぶうち、そのシュプレヒコールこそは、私/たちが日頃の生活と労働のなかで口にだせずにいることを見事に掬いとっていると感じた。
それらは私/たち不安定労働者の、まさに生きた〈怨念〉を表した言葉たちではなかったか。


!そうか!
デモと名のつくものには何度も参加しているが、このサウンド・デモにあって、他のデモにないもの。それは〈怨念の解き放ち〉だと感じた。
左派や市民運動の、いわゆる一般的なデモは〈怨念〉を切りすて、口あたりがよい〈意思表示〉や〈諸要求〉に整形してしまうことで、つまらなくなってしまってるのではないか。
今回のデモで、そんなことを感じてしまった。

はー、それにしても。。。

このところ、毎日が文字通り〈職場と家の往復〉になっていて、会話をする機会といえばお店の中での、大枠の流れがきまっている言葉のやり取りに終始してしまっている。
初対面のひとと言葉を交わす、ということが輪をかけて苦手になってしまっていることに気がついた。初対面で、あるいは久しぶりにお会いして、お話したい方たちが多かったにもかかわらず、言葉を飲み込んでしまって、しゃべれなくなってしまった。〈職場と家の往復〉だけじゃ、やっぱりよくないな。('07.05.23 記→'07.05.26さらに加筆)

*1:公式ウェブサイト:http://fufukuoka.web.fc2.com/

*2:デモ行進の模様はこちらを参照ください( fuf のブログ )。

*3:この他にも、もっと痛快すぎるコールがあり、心の琴線がイングヴェイ・マルムスティーン(w)だったのだが、あえて書かずにおく。残念!