今月読んだ本-2006.08

♯当初の文章が書きかけだったのですが、そのままだと、へたくそな〈内容の要約〉になってしまうので、当初の文章を破棄して書き直しました。(2006.09.27)



8月に読んだ本です。


♯《誇りを持って戦争から逃げろ!》 中山治・著 (2006年、ちくま新書)


今、私たちを取り巻く情勢において、〈戦争から逃げる〉こととは、とりもなおさず、米国の属国として、戦争国家化を進めつつある、この日本社会の流れに抵抗することだ。
著者・中山治さんは、昨今の改憲論議に対して、憲法第9条を改定して自衛軍を持つことは、日本が戦争放棄を放棄して〈軍部の論理〉を持つことになるとし、そのことが却って、核攻撃をも含めた戦争に日本が巻き込まれる危険を高めてしまうと警告し、憲法第9条の改定に反対する。


では、中山さんは〈護憲派〉なのか?
条文に明記はされてないが、非武装中立憲法第9条の目指す理想だと、一般的には了解されている。しかし、中山さんは非武装中立を「おとぎ話」だとし、日本の武装中立を主張する。
憲法論議は「護憲改憲か」、「日米同盟か非軍備か」といった二者択一にはめられがちで、中山さんの主張する武装中立という選択には、「はぁ?」という反応も充分ありえる。特に〈護憲〉の立場の人には。
しかし、読んでいくとかなり説得力のある主張であることがわかる。 (ただし、武装中立を実現するには国民の側に強い独立自尊の気風が必要で、依存心が強い日本人の国民性では実現が困難でもある、とも述べている。また、近隣諸国との関係に関する著者の考えがあまり述べられていない点、私には不満が残る。仮に武装中立を選択するとしても、歴史認識等の問題は、私たちの側がきちんと克服すべきハードルとしてあり続けると、私は思う。)


米中対立が激化するだろう近未来の世界情勢を予測し、米中いずれの属国にもならずに、「日本の平和と安全」を守るための選択としては、充分検討に値する主張ではないだろうか。もちろん憲法論議 (と、それをめぐる社会運動の領域) においても参照、検討されてしかるべき主張だと思う。この本はむしろ〈護憲派〉にこそ、読んで欲しいと思う。


さらに興味深いのは、中山さんの〈庶民派マキアヴェリスト〉としての立場と論の立てかただ。庶民が権力に操られる弱い立場であることを認めつつもなお、では、私たちはどうすればよいか?
「国と国との対立ではなく、権力者と庶民の対立こそがことの本質」と説き、権力者のいうことに騙されずに、戦争から逃げまくるという道があるぜ!と提起している。


〈逃げる〉ということには、往々にして消極的なイメージがつきまといがちだが、本書には「青くなって しり込みなさい 逃げなさい 隠れなさい」*1といった雰囲気はみじんもない。権力者*2に「ざまぁみろ!お前らの言うことに乗せられてたまるかよ!」とアカンベエしつつ、戦争から〈逃げる〉という感じか。


もうひとつ。忘れてならないのは、勇ましい排外主義的言説を吐く (今の言論主流となりつつある) 親米右翼に対する批判も手厳しいことだ。そのような言説の無責任さと危険さがリアルにわかる。中山さんの論の背骨にある日本人論、日本文化論をこれからさらに知りたい。
(2006.09.27 当初の文章を破棄して書き直し。)

*1:加川良《教訓Ⅰ》。1971年。私はこの歌が大嫌いだ。

*2:安倍?あるいはその次の誰か?またはその背後の国際戦争政治家/資本家ども(w)