行橋へ/花柳幻舟さんの講演を聴く

創作舞踊家である花柳幻舟 (はなやぎ・げんしゅう) さんの講演を聴くために,行橋へ行った。(《人権を考える市民のつどい》。主催は行橋市行橋市教育委員会



私が幻舟さんの名を知ったのは高校3年のときで,古本屋で偶然目にした《花柳幻舟 我が闘争*1という本を通してだった。幻舟さんの〈家元制度打倒〉の闘いのみならず,恋愛,結婚,教育,マスコミ,天皇制…について熱烈に綴られたその文章から,私が受けた衝撃は大きかった。



以来,折々に雑誌に掲載された幻舟さんの連載や,著書を読んできた。それらに共感を覚え,励まされる一方で,同時に私じしんの弱さや浅薄さを思い知らされてきた。私にとって幻舟さんは,「すごい人」であると同時に,気安くは語れない存在だった。そういう方である幻舟さんのお話をまぢかに聴ける!これは聴きに行かないわけにはいかなかった。



講演というと「硬い」のが一般的だ。しかし幻舟さんは違った。旅役者の子として生きた日々のこと。共に闘ってきた〈同志〉でもあったお父さんとの日々のこと。お父さんの死から自らも自殺を考え,自分と向き合う過程で,自らを差別し疎外していた「学校」に行こうと決意し,放送大学に入ったこと。それらのことがらを全身で身振りたっぷりに話されるのだ。客席からは時折笑いが起こり,私も声を出して笑った。

話だけではない。彼女は歌までも披露された。お父さんとの思い出が深い「国定忠治」ものの歌だったが,胸の奥にずんと響くような歌声で,聴いているうちに涙が出てしまった。



実際に生でお話を聴いて,「本当に情が深い人なのだな」と感じ,常人を数倍する苦難に直面しつつ,それらに向き合い,闘う姿勢を絶対に手放さない人なのだとの思いを強く,かつ新たにした。
「生きていれば,いつかいいことがあります。死ぬのは止めましょう!死んだら敵が喜ぶだけです!」……私が彼女と同じ生き方を出来るわけではないだろう。だが,もう,「私は幻舟さんのようにはなれない」などと言うのは,もう止めにしよう。そう思った。

講演会終了後,会場で幻舟さんの著書の販売とサイン会があった。いつもの私なら,こういう場は照れくさくて避けてしまうのだが,著書を1冊買い,サインも頂いた。
写真で拝見するよりもお若い!―講演のなかで「まぁ,私も30を過ぎましたし」(w)と冗談を言っておられたのだが,本当にお若いのでドキドキしてしまった。握手まで頂いて,「よし,しばらく手を洗わないぞ!」などと,とても30男が思うようなことではないことまで一瞬思ってしまった。

*1:1979年/話の特集・刊