今月読んだ本-2005・06

《お金とモノから解放されるイギリスの知恵》 井形慶子・著 (大和書房、2001年)



英国人の一般的な生活ぶりを綴ったエッセイで読みやすいのだが,読むうちに,かの国の人々と私たち日本人の〈生活の思想〉の質的な落差について考え込んでしまった。
〈知恵〉の背景には,それを生み出した社会の成り立ちやいきさつがある。だから私たちがその知恵の〈おいしいところ〉だけを使えば OK という話ではないだろう。―だから,〈おいしいとこ取り〉狙いで本書を読もうとしても無駄で,読み進むうちに, (とりわけ敗戦後の高度成長のなかで形成された) 消費主義・拝金主義を経てきたなかで,日本人は〈個人〉も〈家族〉も―そして社会も,どこか大事な部分が壊されてしまったのではないかという点に思いが至った。



読んでいくと,英国の場合,地域のコミュニティの人づき合いのみならず,見知らぬ人どうしでも語らう関係が自然にできあがる―そうしたことがベースになった上での〈個人〉であることが見て取れるが,私たちの場合,そのベースすらないところで〈個性〉や〈個人〉が突出しているような印象をもつ。 (だから人と人が集うこと・つながることもうまくいかなかったりするのだろうか)
「個性が大事」,「個人が大事」云々というフレーズを,私たちは毎日うんざりするぐらい聞かされ,それを口にする人も多い。でも本当は,人と人が集うこと,語らうこと,あるいはつながることのほうが,もっと大事なはずで,自分も含めて,私たちはそれすら「ウザい」とか何とか言って一人一人が孤立への道をまっしぐらなのではないか。



読んでいくうちに浮き彫りになっていくのは,じつは,上から細かく縛られることに慣れてしまって,自分の判断ができない,あるいは,人や自然との関わりを失っていて,それを外的なもので糊塗しようとつとめている,私たちのありようだと思う。
エピソードとして紹介されている,日本の諸習慣に対する,英国人から感じる疑問(お中元・お歳暮,子どもへのお年玉,日本人の(孤独な/スケジューリングに凝り固まった)余暇の過ごし方…など)は,よくよく考えてみれば合理的な見地に立っていて,「なるほど!そうだよな」と,うなずくところ大である。

本書が提示している〈知恵〉は精神論ではなく,一方,ハウ・トゥのみで実現できるものでもない。価値観の転換をともなうことで,それを〈活かす〉道に一歩近づく質のものだろう。(...すごく偉そうな〆めだな。ごめん。05.06.30 一部加筆