日曜の夕方、胸の痛むような。

noisycembalo2005-04-10

週末〜週明け 4Days の後半を迎える日曜日。夜からのシフトなので、昼間はひたすら部屋の掃除。
夕方になって、なにげにTVのスイッチを入れてみた。 《サザエさん》 をやっていた。この番組を観るのも久しぶりだ。
観ながらふと、「こんな家族なんて、いまどき少ないだろうな」と思う。
あるいは、ある年代の人々にとってこの番組は、もはやもう望むべくもない〈古きよき家族〉への郷愁を呼び起こすような、そんな番組として受け止められているのかもしれない、などと気持ちの片隅で思いながら観ているうちに、もうあのエンディングの時間になった。もうかなり前から、エンディングは〈んんがっ、くくっ〉ではなく、〈ジャンケンポン!〉なのだが、それを見た後で久々に「アーァ。もう日曜日は終わりかぁ。。。」という、あの感覚・あの名残惜しさがよみがえった様な気がした。
それからチャンネルのチューニングつまみをぐるぐる回し、これまた久しぶりにニュースを見ようと NHK の7時のニュースに合わせた。

胸の痛むような思い

ニュースのトップは、中国の複数の都市での〈反日デモ〉だった。このところニュースに接することに億劫になりがちな私にとって、この報道は胸が痛むようなつぶれるようなものとなった。
ニュースは〈映像による検証〉と称して、日本領事館へ投石する中国市民のデモ隊に対して、当地の警察は積極的な警備をとろうとしなかった、などと言っていた*1。デモの映像に強調される〈日本打倒!〉のテロップ*2。〈厳重に抗議する。損害賠償も要求する〉という町村外相の映像。。。ここまで問題がこじれていることに、私は胸が痛む。

私/たちはどうすればよいのだろうか?

これまでにも〈ぶろっぐ〉上で私は何度か同じことを書いているのだが、ナショナリズムの〈暴発〉に対して、私たちがとるべき態度は断じて〈日本ナショナリズム〉を対置して対抗することではないことは確かだ。ここまで問題をこじらせている要因は、私たちの日本社会の側にもある。〈反日〉の底には、いつまでもアジアに対する侵略と植民地支配の歴史に向き合おうとしない日本の政府と社会の姿勢がある。日中関係は〈政冷経熱〉とも言われているようだが、そうなるのは当然の帰結だとも思う。他にもいろいろ思うところがあるが、追い追い書いてみよう。

*1:では、積極的に鎮圧すればよかったとでもいうのだろうか。そうすれば町村外相あたりは「鎮圧に感謝」などと言うんだろうか...いかん、私も感情的になっているようだ

*2:映像の一部では、デモ隊は《愛国無罪 (aiguo wuzui - 愛国は罪ではない) 》 と叫んでるように聞こえたのだが?