クリスマスソングについて

noisycembalo2004-12-24

社会人としての私が初めに働いた場所は郊外型の書店だったのだが、そこでは毎年11月の半ばぐらいから、店内の BGM をいわゆるクリスマスソングに切り替えていた。
それも、歌唱なしのインストゥルメンタルならまだましだったが、シナトラばりの男性ヴォーカルが朗々と歌いまくったり、子どものヴォーカルで「〜あぁいそーまみーきっすぃんさーんたくろーす」 (歌の題名はわからない) と歌ったりするやつで、うるさくてたまらなかった。これを一日8時間聞かされるのだから、まあ耳の拷問のようなものだ。当時の私にとってクリスマスソングは婦人誌新年号の拡販と同じく悩ましいものだった。
今年も店内の BGM でクリスマスソングをしばらく耳にしたが、邦楽のそれらが圧倒的に男女の恋愛を何らかのテーマにしていることに、いまさらながら「ふーむ。。。」としばし考え込んでしまう。これはなぜなんだろうか。例えばジョン・レノンの〈ハッピー・クリスマス〉(*1)のような曲を邦楽で探すにはちょっと一苦労な気がするのだ。 (*2)
これにはまず宗教的な背景の違いが大きいのかもしれない。以前、ラジオのトーク番組で「欧米では、ケンカの絶えない兄弟でも〈クリスマスのときぐらいは仲良くしなさい!〉と親がたしなめる」そのぐらい欧米人にとってはクリスマスは大事な節目なのだという話を耳にしたことがあったが、私たちの場合はクリスマスといえば酒を飲んで騒いだり、恋人がことさらにデートをしたがる日だったりして、宗教的・習慣的なバックボーンなどもともとあるわけないのだ。これは致し方ないことなのだろう。
ではなぜ、邦楽のクリスマスソングが〈男女の恋愛〉に傾斜してしまうのか。こう考えを進めたところでいつも私は「う〜ん。。。」と行き詰ってしまう。じゃあ考えるなよそんなことという声も聞こえてきそうだ。私も何らかの結論を得ようと思ってキーボードを叩いているのではない。でも、ちまたのカップルの皆さんは2人で会うのに、(この年末のくそ忙しいのに)なぜクリスマスを気にしてしまうんだろう?不思議だよな。。。さあさあ、お正月を迎える準備をしなければ。

(*1)クリスマスを迎えるぐらいで " war is over " (戦争は終わった)というのもちょっとな...などと、この歌をはじめて聴いた頃の私は思っていたものだった。でも「クリスマス停戦」だったか「休戦」だったか忘れたが、そんな言葉もあるらしい。私のうろ覚えだが。
(*2)私が聴いたことのあるなかでは、佐野元春の "Christmastime in blue (聖なる夜に口笛吹いて)" ぐらいだろうか。