"市民の手で"日朝国交正常化の早期実現を

纐纈さんのお話で印象的だったのは、"市民の手で" 国交正常化を求めていくことの重要性を力説された点にあった。1965年の日韓基本条約は、植民地支配に対する賠償ではなく、経済協力方式の〈援助〉となってしまった。1972年の日中国交正常化に際して、中国政府は対日賠償請求権を放棄した。これらのことは日本の民衆が両国に対する侵略戦争・植民地支配の責任と向き合うことを阻害し。忘却させてしまった。
この歴史的いきさつから、日中・日韓の国交正常化は私たち日本の民衆にとって、アジアに対する歴史的責任に自ら向き合い、克服するチャンスをかえって失ってしまった側面もある。
纐纈さんはこのいきさつを踏まえ、大意次のように話された:
■「国家と国家の関係」には、お互いの利害がからむために、どうしても〈限界〉がある。国交正常化によって過去の(私たち日本の国家と民衆の)責任が忘れられてしまう危険がある。日本と朝鮮の国交正常化においてその轍を踏んではならない。
■だからこそ、過去の克服を私たち市民の手で行なわなければならない。日朝の「市民と市民の関係」によって、過去の克服を行なわなければならない。
国家間の限界を越えることができるのは、市民間の関係構築である、という論旨だが、非常に明快で、今後何をすべきかという点でも励みになる。