久しぶりに映画を観にいく

久しぶりに映画を観にいった。小倉の昭和館2。 《パッション》 と、 《グッバイ!レーニン》 の二本立て。もともと 《グッバイ!レーニン》 を見たかったのだが、二本立て1000円だったので、元を取らなきゃと2本とも観る。


《パッション》 は題名どおり、イエス・キリストの受難をテーマにした作品だった。
ユダの裏切りから十字架にかけられるまでの話で、 (特撮を駆使しているのだろうけど) 映像の生々しさに圧倒され、涙してしまう。権力と世間の迫害と暴力による肉体的苦痛にさいなまれてなお、神の教えを語るイエスの姿。嘲笑の笑顔で彼を鞭打ち、痛めつける役人たち。 「磔にせよ!」 と叫ぶ宗教的権威者たちとそれに唱和する群衆。いま、この社会にイエスはいないが、 《笑顔で鞭打つ者》 たちや、 《指導者たちに唱和する群衆》 の姿って、そのまま今のこの社会のありさまとダブりはしないだろうか、との思いもよぎる。刑の決定を躊躇し、揺れ動くローマ提督ピラトの姿もまた、人間くさいものに私には映り、同情の念を覚えた。


《グッバイ!レーニン》 も好感のもてる作品だった。東ベルリンに住む、二人の子を持つ母。亭主は西側に亡命し、以後、地域の献身的な社会主義の活動家として、近所の人たちの要望にも耳を傾けてきた。息子のアレックスが市民の反政府デモに参加し逮捕・拘束されるところを目撃した母はその場で心臓発作を起こし倒れ、8ヶ月もの間昏睡状態になった。その間にドイツは統一し、東ドイツ国家は解体してしまうが、母がその現実を知って容態を悪化させないようにと、息子が一大〈芝居〉を打つ。それがドタバタで笑いを誘うのだが、同時に涙ぐましささえ覚えた。
昨年制作されたもののようだが、ドイツ統一後の10年という時間をへて初めて、つくれたものなのかなと思う。〈東側〉の社会でそれなりの社会的地位をもっていた近所の人々が統一によってその基礎を失ってしまい、アレックスの家庭も、大学で経済学を学んでいた姉が、勉強をやめて〈バーガー・キング〉の売り子として働かざるを得なくなる…というのも象徴的*1だ。


ストーリー中に〈レーニン〉は一度だけ登場する。引き倒され、上半身だけをヘリコプターに吊り下げられた状態で。そのレーニンはまるで、こちらに向かって優しく手を差し伸べているかのように見える。彼がロシア革命というかたちでこの世界に投げかけた問題は、いまだ解きつくされてはいない。いや、むしろそれを解き、答えを見いだす重要性はより増しているののではないか。ラスト近くで、この資本主義社会の有様を逆説的に示唆するシーンも興味深い (私にはチャップリンの《独裁者》のラストの演説シーンに共通する印象を感じる)


#デジカメを買い換えた(初代機ご臨終により)。今度も廉価版の中国製のもの(発売してるのはドイツの会社)だが、画質・操作性ともに格段に良くなっている。撮りまくるぞー。

*1:ハンバーガーショップの店員とコンビニの店員とは、いわば〈いとこ〉のようにその隔たりは小さい。マクドのマニュアル教育はいわば〈お手本〉視されているし、最低賃金すれすれで働かされているという点においても(w)。いやー、この映画を観てスラヴォイ・ジジェクの《いまだ妖怪は徘徊している!》を思い出してしまったよ。