59年目の敗戦記念日に思うこと

このところ、部屋の温度計は摂氏30度から下がらないのだが、昨日ちょっとした雨が降ったので、かなりしのぎやすい(湿度計がちょうど50%を指している)。風が気持ちいい。

59年目の敗戦記念日に思うこと

TVで、政府主催の戦没者追悼式典をみた。
私が子どもだった頃は、お昼前に必ずこの中継を家族全員で見て、正午になるとTVの前で黙祷していた。この中継を見るのも久しぶりだ。小泉首相天皇がこの日に臨んで何を語るか、耳を傾けた。



やはり失望だ。 (しょせんは官僚の作文だとしても) 気持ちがこもっていない。原稿の〈棒読み〉で、まるで気持ちが、"決意" が伝わらない。
靖国参拝への意志は旺盛でも、8月6日の広島では被爆者の代表に会おうともしなかった(*1)彼にとって、先のアジア太平洋戦争、そして日本のアジア侵略、朝鮮・台湾における植民地支配の〈意味〉は何処にあるのだろう。天皇にしてもそうだ。〈先の悲惨な戦争〉を発動したのは自分の父親であり、その父の名で朝鮮・台湾における植民地支配も、アジア侵略も進められたのだから。
そして毎度のことではあるが、政府にとって(そしてNHKのアナウンサーにとって) 戦没者〉とは〈国内300万人〉のことなんだな というのも再確認した。日本の侵略と植民地支配で殺されたアジアの人々のことはいったいどうなるのだ。 「小泉純一郎首相は今年も式辞でアジア諸国への加害責任に触れ、」 と、共同通信は伝えているが、彼は〈つけたし〉でそれを述べたに過ぎないのではないかとすら感じてしまった。



私も子どもの頃のように、12時に黙祷を行なった。〈59年前のこの瞬間に昭和天皇ヒロヒトは日本の敗戦を明らかにしたのだ。日本の各地で、植民地下の朝鮮で、台湾で、中国大陸で、南方の島々で…人々はそのとき何を思ったのだろう。私たちは支配し、差別し、虐殺する側の民衆だった……。〉



私とて先の戦争を知らない人間だ。想像力を働かせても限りがあるだろう。しかし。。。そんな気持ちが胸の中を去来する。
この6月に有事関連7法を成立させ、戦時体制への土台をつくったわが国の政治。それを支持し、あるいは〈知らない〉ことで、知らずに〈容認〉していく仕組みが私たちの社会に、着々としつらえられようとしている。閣僚や政治家たちのほとんども〈戦争を知らない世代〉で、そんな彼/彼女らが〈戦争〉や〈制裁〉、〈先制攻撃〉といった言葉をもてあそんでいる。戦争経験者は国内政治の世界では〈抵抗勢力〉だの何だのと呼ばれて、もはやお呼びでないかの感すらある。



しかし、私/たちはいったいどのくらい、戦争を経験した世代の思いと願いを受け止められているのか(*2)?政治家で言えば野中広務さんや箕輪登さんのように、自衛隊イラク派兵を期に、軍事国家/社会に向かう動きに危機感を表明され、行動されてる方もおられる。思想信条や世代をこえて〈戦争だけはさせてなるものか〉という思いの一点で、派兵国家/軍事国家化に歯止めをかける動きをつくり出すことが急務だ。

(*1)小泉首相の師匠たる中曽根康弘氏ですら、首相在任中に被爆者を訪問している。ただ、原爆症に苦しむ人に対して〈病は気から〉と言ってしまい、大問題となった。小泉首相は被爆者の方々に対して、何かやましい思いでもあるのか???いずれにせよ、きょうの首相の棒読みよりは、今年の広島・長崎の平和宣言はずっとずっと実践的であり、読むものの心に残るものが大きいと感じる。
(*2)胸を突かれる記事を見つけた。私がもし、彼の立場だったらどうしていただろうか?