ドキュメンタリー《泥ウソとテント村》を観る

公休。午後から東大と山形大の学生寮廃寮反対闘争のドキュメンタリー《泥ウソとテント村》の上映会に行った。
映画の上映のみかな?と予想していたら、東大・山形大の学生と、映画を監督された新田進さんも見えられていた。
1991年に東大駒場寮の廃寮が通告され、山形大学寮も1998年に入寮募集が停止された。ともに大部屋で共同生活を行なう〈自治寮〉であった。また、学生寮は経済的に苦しい学生の生活と勉学の環境を保障する空間だった。学生寮に限らず、学生の自由な空間が、ここ数年の間に各大学当局によってつぶされ、これに反対する学生を大学当局が警察に〈売り渡す〉事態が続いている。東大・山形大でも学生が不当に逮捕・勾留された。
映画は東大から数えると10年間、学生寮の存続と廃寮反対を訴えてたたかってきた両大学の学生の姿を活写したものであった。学生の訴えに耳を傾けず、あまつさえガードマンや機動隊、警察権力を後ろ盾にして、学生のたたかいをつぶそうとする両大学当局の姿勢に、それでもお前ら「教育機関」なのかよ!と怒りが沸いてきた。
こうした動きの背景に、いま急速にすすむ大学の〈独立行政法人〉化の問題がある、と上映会の主催者も、両大学の学生も強調していた。そして、新田さんは「これは大学だけの問題ではない、労働現場でも同じようなことが起きている。表れかたはそれぞれに違っても、問題の根はひとつ」だと発言されておられた。
ひるがえってみると、私たちは生活においても、労働の場においても、一人一人は深いところで孤立し、分断を強いられている。不正を不正だと声を上げることを抑制されてしまっている。たたかいに立ち上がる学生の生き生きとした姿に、そのことをまた〈めくられる〉思いがした。