豊田直巳さんの写真展に関わって

先週の日曜日(6月13日)まで、私の住む北九州では写真家の豊田直巳さんの写真展 《イラク・戦火の下の子どもたち》 が開かれていた。
会期途中から私は体調を崩してしまったため、分担していた作業も完成させることができず、会場にも足を運べなかったため、それが非常に残念でならない。


会期の初め2日間は会場に行けたので、会場設営も含め、豊田さんの写真を見ることができたが、湾岸戦争から数えると10余年もの間、米国を中心とする諸国の経済制裁や爆撃、そして米軍が投下した大量の劣化ウラン弾の被害のなかで、それでも生きていく/あるいは短い命を終わらざるをえない子どもたちの姿を中心に、現米・英占領下のイラクの人々の姿を収めた写真に、私は息をのまざるをえなかった。そしてまた私は、日本政府が米国〈支持〉→自衛隊派兵というかたちで、このイラク侵略・占領と、民衆に対する拷問・虐殺に加担していることへの怒りを新たにした。

非常に勉強になったことは

この写真展には、多くの若い人たちが準備/運営に携わった。彼/彼女たちが関わったきっかけや動機はさまざまで、その指向性にも濃淡があったが、もう〈ピチピチの〉若者ではない年代にある私には大いに刺激になったと同時に、非常に自分自身、反省させられることも多く、大いに勉強になった。


一番反省した点は、私ですら、なまじ〈経験〉があるために気付かずに彼/彼女たちを〈お客さん〉視してたことだろう。彼/彼女たちと、もっと直接言葉を交わしたかったという思いは強い。
また、私以外の、彼/彼女らより上の世代の人々も、若い人々との接し方という点では勉強になったのではないだろうかと思う。世代ごとの分断が深くなってしまっている現状のなかで、上の世代の人たちに求められる課題は、〈老いも若きも一緒に考え、行動できる〉場と機会を作り出すことだろう。その意味では、今回は重要な一歩を印せたのではないか。


この写真展の前には、高遠菜穂子さんらをはじめとした日本人の拘束事件がイラクで相次ぎ、また、2名の日本人ジャーナリストが帰らぬ人となった。日本政府や与党政治家の〈自己責任〉論は、この政府/この国の政治のこれらの事態への認識がもはや〈現代国民国家〉の水準をはるかに下回っていることを露呈した。また、確かに問題を含んでいたとはいえ小泉首相の再訪朝には必要以上に低い評価が投げつけられ、地村さん・蓮池さんの子女は帰国できても、「入港禁止法案」は成立する事態となった。そして同時に、有事関連7法案も、この写真展の直後に成立し、小泉・石破は「イラク多国籍軍」参加を決めてしまう有様だ。自民・公明の〈数の力〉に、民主党も乗っかってしまうような政治状況はただでさえ、無力感やアパシーへの誘惑の源である。


しかし、状況が厳しくなるなかでも〈夢〉は手放せない―若い世代と年長の世代がそれぞれに、社会のことや政治のことを考え・行動する〈場〉を形作り、手を取り合っていける環境をつくっていくことが、これからさらに大事だろう。