本当に叩かれて然るべきは?

おとといは新聞の休刊日だったこともあり、「人質事件」の続報を伝える新聞の号外が、私たちの店にも配送されてきた。
レジで応対をしていると、「あの、人質はまだ解放されてないんかね?」と尋ねてくるお客さんもおられる。この事態への関心はやはり高いようだ。
しかし、被拘束者の3人に対して「自業自得だ」という反応をされる方があるのには愕然とする。それも年配の男性に多い。そのたびに、「いや、お客さん。それは違うと思いますよ。政府の対応は変だと思いませんか?」と反論したくなるが、ここはレジだ(W)。その言葉をぐっと飲み込んで、あいまいに聞き役にならざるを得ないのがつらいところ。
前回、「(被拘束者の)3人が解放されて、帰国後にヒーロー、ヒロイン扱いされ、マスコミで自衛隊撤退を訴えられたら厄介なことになる」という、〈公明党幹部〉の発言報道を引用・紹介した。そして、ここにきて政府・外務省や与党政治家たちが「自己責任」論をもち出して、3人とそのご家族を叩きまくっている。これには一部のマスコミも同調して、凄まじいほどの非難攻撃がはじまっている。
むろん、私は、3人が拘束されるまでの行動の過程に全く何の問題もなかったなどというつもりはない。だが、いまなぜ、彼/彼女たちだけでなく、他の外国人も現地の武装抵抗組織に拘束される事態が頻発しているのか、その背景(「そもそも」)をまずもって問い、検証すべきであり、マスメディアがそれをせずに、政府・与党政治家たちの「3人と家族叩き」に同調している光景には吐き気を覚えそうだ。
まるで「そのまま犠牲になれ」とでも言わんばかりの政府・与党政治家たちと、その尻馬にのって罵詈雑言を3人と家族に対して浴びせかける、一部の、おそらくその多くは〈普通の市民〉たち。
なぜ、こうも冷淡に・残酷になれる?なぜ?〈他人事〉だから?そして...、



「かつての"戦前"もこんなふうに、ものが言えなくさせられていったのだろうか?」



拘束されたのが、3人のような〈民間人〉ではなくもし、奥・井上両氏のような〈外務省の職員〉だったとしたら?派兵部隊の〈自衛官〉だったとしたら?
叩かれるべきは「3人と家族の方々」ではないはずだ。いまはまずもって当該の3人の解放に向けた努力が図られるべきだし、世論が家族の方々を何らかのかたちで励ますことではないのか。