「カヴァー」ばやりについての雑感

「ふきのとう」が出たついでで。前にも何度か触れているが、最近の若い歌い手って、どうしてこうも昔の曲のカヴァーを歌うことが多いんだろうか (職場の有線でしょっちゅうかかるのだ) 。



歌い手本人の意向で、というケースもあるだろうし、あるいはプロデュース側や「マーケ屋」の趣味や意向が先行するケースもあるのかもしれない。カヴァーやリヴァイヴァルは、ポップ・ミュージックではつきものだし、いわゆる「スタンダード」もそうだろう。だが、最近のそれは「ちょっと多すぎやしませんか?」と言いたくなるのだ。しかも1970年代後半から80年代にかけての「フォーク/ニューミュージック」 (←歌い手はともかく、ジャンル的にはすでに死滅) の名曲のカヴァーをよく耳にする。
しかも、「この人(たち)、本当に元歌を聴き込んだりとか、詞を読み込んだりとかやってんのかな?」と首を傾げたくなるものもある。イルカの『なごり雪』の抒情に、HIPHOP調のダークで無気力な「Yeah,Yeah,Yeah」のリフレインを被せてみたり、長渕剛の『乾杯』を、何も考えてなさげなアップテンポのビートパンク風でやられたりすると、「ただカヴァーすりゃいいってもんじゃねーだろ」と、こっちはうんざりしてしまうのだ。言い方を変えれば、歌い手の、 〈元歌(オリジナル)〉 に対するリスペクト(敬意)というか、思い入れみたいなものを感じることが少ないのだ。



「ちょっと昔の歌をカヴァーして出せば、CDの購買層も広がるだろう」ということをレコード会社が考えてるとしたら、「そりゃ甘いよ」と、私は言ってみたくなる。そういう曲よりはむしろ、「ラジオ深夜便NHKラジオ第1放送NHK-FM で午前3時ぐらいからよくやっている戦前や戦後しばらくの時期の歌謡曲を聴いてるほうが楽しかったり、発見があるような気がする。