反対の世論は高いが...

各種の世論調査上では依然、派兵に反対する世論は高い。割合的にはほぼ拮抗状態であり、まさに国論が二分されてる状態というべきだろう。
しかし、マスメディアでの露出が多いのは、「国益」論その他もろもろの現状追認的な論を背景とした「派兵すべし」の論であり、このままでは積極的な「派兵反対」の論は「エピソード」としてすら、取り上げられなくなる危険性も全くないとは言い切れない。すでに報道管制、従軍取材という事態も始まっている。この気持ちの悪さをなんと表現すべきか。
今日は全国各地で、派兵に反対するさまざまな集会や行動が行なわれた。すでに1年以上続いている東京の「World Peace Now」には6千人が集まったらしい。しかし、イラク攻撃の直前には同じ「World Peace Now」に4万人集まったことを思うと、「統計上の世論」と「行動」の間にどうしてこうも開きが出てしまうものか、とも思うのだ。裏を返せば、それはいままで(自分も含めて)私たちがいかに、平和や安保、自衛隊の問題に向き合うことを閑却してきたかを示した「結果」ではないのか。
多分に誤解を招く表現であることを承知で言うなら、「イラクに多くの人が関心を寄せたのに、なぜ、足元の派兵には"関心が高いのに関心が向かわない"―行動と結びつかないでいるのか」をよく検討しなければならないのではないか。運動に取り組む人たちは、「内輪を固めるだけで精一杯(あるいは自己満足する)」という状態から抜け出るための方策を模索して行かなければ、「声と行動」が「生き延びていくこと」も、近い将来ままならなくなるだろう。
この息苦しさを「ほどく」すべを、この手につかもう。