部屋の水道が凍った

noisycembalo2004-01-22

起きたのは9時過ぎだったが、11時半ごろ外に出るとものすごい雪だった(雪国の人からみれば、鼻であしらわれる程度の雪かもしれないが)。何か食事を作ろうと思って蛇口をひねると。。。水が出ない。トイレで水を流そうとすると。。。出ない。(←食事中の方、ごめんなさいm(_ _)m...)
都合15年ほど一人暮らしをしてるが、水道が凍ってしまったのは、はじめてだ。お茶も洗い物もできないし、なによりトイレが使えないのには参った。いま、20時前で、部屋の温度計は…ちょうど零度だ(*_*)。もう笑うしかない、、、って感じか。さっき大家さんに事情を告げると、風呂場(共同。広々としてるので、とても気に入っている)の水道は大丈夫だったのでそこから水を貰えることになった。これで水はまず安心だ。問題は。。。おそらく今夜も冷えるだろうから、2〜3日は使えないと覚悟したほうがよさそうだ。
私の住んでるところは、九州の北の端だが、ご多分に漏れず、車はもうお手上げだ。昼間、自転車で移動していたが、2件事故ってたのを見た。こういうときにバイクで動くのは危ない。今日はチェーンを巻いた新聞配達のバイクしか見なかった。近くの大学では、中庭に大きな雪だるまが作られ、雪合戦に興じる学生の姿もあった(あー、写真撮っときゃよかったなぁ)。
天気こそもっともわかりやすい不可抗力だ。多少の遅刻や遅延も、今日だけは「ん〜、仕方ないね」である。もしかしたら、その意味できょう、人々のテンポは一時的に20〜30年前の「速度」に戻っているのかもしれない。が、しかし―。
数年前、首都圏が大雪に見舞われ、電車が動かなくなったときに、ある駅では事情を説明する駅員に「運休はお前らの過失だ、休業補償をしろ」と詰め寄り、暴行を加えた客がいたことがニュースになった。暴行を加えた側はいい年をしたオヤジだったらしい。
この頃からだろうか、人々の不定形な「いらだち」と「オレ様」度が、急激に上昇しだしたのは(この点、人は何かというと若者をあげつらいがちだが、私はむしろ中高年のやつら―と敢えて言おう!―のそれに対する嫌悪感のほうが強い)。絶対速度による「便利」が浸透してしまって、多少余裕を持って「待って」差し支えないことに対しても、私たちは「急げ!早くしろ!」と怒鳴り散らしかねない心性を、いつのまにか持つようになってしまってないだろうか。
雪になじみが薄いところに住む私は、ふとそんなことを思ってみたりするのだ。
#「世界の尺度は私たちの自由そのものです。私たちの周囲の世界が広大であること、たとえ実際にこの世界の広大さを経験しないにしても、それについての意識を持つこと、それは人間の自由と偉大さの大切な要素です。」
#「脅威は、そしてそれこそが大監禁のわけですが、頭の中に縮減された地球をもつことです。」(ポール・ヴィリリオ