気になったニュース

http://www.tokyo-np.co.jp/00/tokuho/20031007/mng_____tokuho__000.shtml
私もよくJRを使う(東日本ではない)が、実感としてこの数年のあいだに、平常でもダイヤの遅れが目立つようになったと感じる。また、ちょっとした雨天や雪のときの対応ももたつくようになった。
「コスト低減」とはどんな業種でもよく叫ばれることだけど、悲しいかな、究極のコスト削減は冷酷にも「人件費の削減」だ。
記事では:
>「国鉄の親方日の丸体質から脱皮すると思ったら、民間になってよけいひどくなった」
との声が紹介されている。何かというと「お役所」的なものは目の敵にされ、「民営化」にすれば「サービスがよくなる」んだ、民営化は「いいこと」なんだという人が多いし、国鉄分割民営化の過程でも、そのようなキャンペーンが大々的になされたことを覚えてる方も多いと思う。
しかし、ここにきて、例えば「民営化にすればサービスがよくなる」といったことの内実は、結局「駅員のあいさつがよくなった」とかそんな見かけのレベルの話でしかなかったのではないか。最も問われるべきサービスは「接客」や「企画」じゃなく、「安全」ではないのか?いくら駅員の愛想がよくなっても大事故、小事故が頻発するのではたまらない。
ちなみに英国では大事故が頻発したことを期に「鉄道の再国有化」の世論がおこっているという。そして日本の国鉄労働者が1047名の解雇撤回・原職復帰をかけて、困難ななか闘い続けていることは、単に「首切り撤回、職場に戻せ」だけではないものを私たちに問うているのではないか。
「民営化万歳」でこの20年、社会が主導されてきたその一つの現れは、人間の労働に十分な敬意と代価が払われなくなったことではないか。「手抜き」や「単純ミス」の問題も、作業員個人(やその会社)の問題である以上に、労働力商品としての人間を安上がりに、細切れで買い叩き、使い捨てる傾向が増しているこの社会のありように通底した問題のような気がする。
公共部門(いわゆる「お役所」)への一般的な反感は、もちろんそれはそれで根拠のあることだ。しかし、それをいうなら私企業だってでたらめではないか。「お役所=絶対悪、民営化=絶対善」の二分法から自由になって、もう一度冷静に社会を見つめなおす時期が来ているのではないかと思う。