気になったニュース

  • 都知事が謝罪 曽我さん母へ暴言

http://www.tokyo-np.co.jp/00/sya/20030926/eve_____sya_____006.shtml

数日前の記事で申しわけないです。
で、思うのだが、彼は基本的に社会の中で何らかの形で差別され、抑圧を受け、傷つけられている人々に対する感受性そのものが、なんか「ぶっ壊れて」るような気がしてならない。在日外国人、女性、障害者...などなど、彼の物議をかもした発言の数々のなかで言及されている対象(となる人々)が誰であったかを想起してみれば、そう思わざるを得ない。
そこへきてまた、この「暴言」。しかも拉致被害者とその家族に対して。自分が言ってしまったことへの「釈明」「謝罪」を行なってはいるようだが、「自治体の首長」しかもメガロポリス・トウキョウ(って、古い言い回しかな?)の都知事となれば、もっと慎重な言動が求められるべき立場の人なわけだが。
しかも彼は、「拉致被害者を取り返すために、(北朝鮮との)戦争も辞さない」などということを平気で公言している。真剣に「拉致問題の解決」を考える人なら、軽々しくこのような危うい発言をしないのものだ。今回またも報じられた石原都知事の暴言は、まさに彼の本質をよく顕したものだと思う。彼は「釈明」「謝罪」などではなく、もう「辞任」すべきだ。
前任の都知事が余りにも「なにもやらなかった」人なので、彼が選ばれたその社会的な背景は一定は理解できるが、これだけ他者を傷つける発言を繰り返して、倣岸に居直っていることは許されない。(というか、なぜこんな人物に「人気」があるのかが、私には理解できない。。。)

石原氏に限らず、最近政治家の暴言がやたら目立つ。さらに悪いことには暴言に限らず、自らの発言を、他者に批判されると「逆ギレ」的に居直る(小泉首相がそう)ようになりつつあることだろう。これは怖いことではないだろうか。TVの「絵」的な「見せ物」にはなるだろうが、TVの「絵」的な"面白さ"が、政治の「基準」になってしまってはたまらない。今や、TV的な表層の"面白さ"に引きずられないようにすることが、私たちにとっての最大の「自己防衛」なのかも。
私たちにいま必要なのは、そんな「TV的」な「エキサイトメント」の方向ではなく、むしろ「書物的」「対話的」な、じっくりと「行間を探る」態度であるような気がする。(そう考えるとウェブは「TV的」たり得ず、「書物的」な可能性をもつ媒体かも。)
BE COOL....!