日朝関係の平和的克服―講演を聴いて

昨日、福岡市で『私たちの住む北東アジアを戦場にしない〜日朝関係の平和的克服を目指す講演会』があり、聴きに出かけた。主催は当地でさまざまな市民運動に関わる人々による実行委員会。


立教大教授の李鍾元(リー・ジョンウォン)さんと、九州大助教授の出水薫さんを講師に迎え、それぞれの切り口からお話をうかがった。
李さんは日本在住20年で、北東アジアの国際政治を研究されている方。専門の立場から先ごろ開かれた「6ヶ国協議」を題材に、分析をなさった。
今回の6者協議にしても、「北朝鮮の強硬姿勢」を非難する報道は多いが、「弱い国の立場としては『主張をクリアに』し『要求をはっきり言う』ことが必要となる。そして『相手からの約束を取り付ける』ことに力を注ぐ。そしてその約束を守る。それが弱い国の利点。」という視点から見れば、なるほど、一理あるなと思う(実際、米朝合意にしても守ってこなかったのは米国のほうだし)。
あるいは、アメリカの政権内部に、朝鮮に戦争を仕掛けたい人たちは一杯いるのだが、「したくてもできない」状況にあることや、アメリカの研究者の多くは「金正日政権は現実的・合理的な判断をしている」と分析している…といった話は、私には意外だった。
また、韓国が「北東アジアの枠組み」で問題解決を図ろうと提唱している一方で、日本は逆にナショナリスティックな方向に向かっていると指摘され、「(北東アジアの)相互依存と交流と統合の動きを安全保障の枠組みからすくい上げていく必要に来ている」と話された。


出水さんは当地の若手の研究者で、私たちもその一員である日本社会の側の問題に焦点をあてて、話をなさった。
まず、私たちがこれまで社会的に共有してきた「日本=平和国家」というイメージが一面で倒錯したものである点を指摘された。「日本は朝鮮戦争以来、(日米安保体制の)最大の後方支援基地であった」。「日本国憲法はかつての大日本帝国が周辺諸国にとっていかに「脅威」であったかという地点から出発した」が、(安保体制の下で)「在日米軍は『脅威から守ってくれる』という意識が定着し、自分の国が周辺諸国に脅威を与えている(かもしれない)という意識は形成されてこなかった」。そのように形成されてきた意識は、朝鮮に対する「(脅威が)降ってくる、飛んでくる」という「受身の」イメージ(「北朝鮮の脅威におびえる日本」という図式)と重なっている、と指摘された。
また、拉致問題については、ある種の「リアリズム」をもって問題に対応している外務省に対して、「及び腰」「弱腰」という非難を向ける世論の流れにのることで、政権の維持を図ろうとしている小泉政権のあり方(それは私たち自身にもはねかえってくる)を批判された。
拉致問題の解決なくして国交正常化はない」という世論があるが、その「解決」の中身が詳細に吟味されてはいないこと。「拉致家族への同情」という感情論のみで動き、外交的に「どのような北東アジアを目指すのか」といったような中長期的な政策目標が不在なこと…etc。
明快に結論が引き出せる類のテーマのお話ではなかったが、「北朝鮮は"悪の権化"だ!戦争だ〜っ!」といったような情緒的な世論に「いや、それは違うよアンタ」と静かに突っ込みを入れ、声をあげていくための材料を与えてくれた、お二人のお話だった。


最後の質疑応答で李さんが話されていたことがまた印象に残ったので紹介(以下、メモから大意)。
・2000年の南北首脳会談は「お互いに相手を認めた」という点で画期的だった。以降、南北間の間で51回会談が持たれている。韓国から年平均7千人が北朝鮮を交流で訪れている(金剛山観光をのぞく)。大きな問題を抱えながらも対話を続けている。
・日本の対応はこれとは対照的で「大きな問題があるから相手と関係を持たない(対話しない)」という対応だ。しかし、これは外交の立場からすれば誤った対応だ。米国は毎年のように中国の人権状況を批判しているが、対話を続けている。韓国の抱擁政策は、「対話をしているから、北朝鮮を全て許した」ということではない。日本ではそのことが誤解されている。
北朝鮮の対応は「内容は建設的だが、手段(言動)は破壊的」。しかし、それしか手段がないということをどう捉えるかが問題だろう。